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大『助手』論。書籍化決定のお知らせ。

実は、かねてからの念願であった、大『助手』論の書籍化が決まりました。
電子書籍とかじゃなくて、紙の本で、本屋さんやamazonでも買えるあれのことです。

ブログに書き溜めていたものを基に、加筆、修正を加え編纂しています。目下、作業中です。出版時期は、遠い将来でもないけど、近々でもないとだけ言って、自分のプレッシャーのハードルを下げておきます。

今後の進捗状況については、またブログで報告します。







どうぞ、読まないでいいので、買ってください!!笑










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医局をやめて良かったこと、悪かったこと。

どういう検索をしてこのブログにたどり着いたか?というのが日毎に見られる機能がついている。これを見ると、『医局 やめたい』『医局 やめるとどうなる』という言葉で検索してこのブログにたどり着いた人がほとんど毎日いる事がわかる。これを見るたびに、胸が痛い思いがする。僕もそうやって悩んでいたし、不安を抱えていた。そこで、とりあえず、この段階で、医局をやめて良かった事、悪かった事を書いておこうと思う。いま、医局にいる事に不安や不満を抱えている人、やめたらどうなるのだろうと大きな不安を抱えている人のなんらかの助けになれば。

僕は、現行の初期研修医制度の始まる前の卒業生なので、医師になったその年に入局して、6年目に医局をやめた。医局には申し訳ない事したという気持ちはずっと持っているし、感謝している事も多い。いつか医局に恩返しができたらな、と思う。そのためには、もっと心臓外科医としての実力や、他のなんらかの要素を自分の中に育てないといけないと思っている。では、いまからもとにいた医局を含め、どこかの医局にもう一度入るか、というと、医局に入る事はいまのところは考えていない。

医局をやめて一番良かった事は、個人商店でも社長は社長、というのと同じで、相手がどんな人であろうと対等な立場で話ができるようになったこと。対等、というのはちょっと言い過ぎかもしれないし、もちろん、向こうはそう思ってないかもしれないけど、組織の中の一人ではなくて、個人としての自分としてものが言えるという事。それと、全ての手柄は自分のもの、ということ。自分のやっている事に関して、誰にも義理や義務を感じなくていいし、これは僕のやった事、と言えるという事。もちろん、全てのことには責任が伴うけど、なにかやらかしても自分が腹をくくれば誰にも迷惑をかけなくてすむ。『教授に迷惑がかかる』とか『教授の顔に泥をぬるから』ということを考える必要がない。全部、僕一人の責任だからこそ、思い切ったこともできるし、必要以上に臆病にならなくてもいい。自由に自分の道を決められるし、それは誰にも遠慮する事もない。上下関係の縛りがないから、自分の実力を発揮できるところを自分で選択できるし、自分が目指そうと思えば、どんどん自分の目指す上に向かって挑戦できる。日本にいるとなかなかそう思えないけど、自分は世界中どこでも生きてやると思えば、選択肢は無限に広がる。

悪かった事は、やはり将来への漠然とした不安は大きくなったかもしれない。医局いた時ももちろん将来に対する不安はあったけど、我慢さえすれば心臓外科医をやめるようなことは滅多にない。やめてしまうと、全てをプロデュースしてコーディネートするのは自分だから、判断ミスや運が悪ければサドンデスで心臓外科医をやまないといけないタイミングもあるかもしれない。あとは、日本での働く選択肢が狭まる。大人の心臓外科医ならまだ小児よりは広いとは思うけど、小児はかなり狭いのが現実だと思う。あまり気にはしてないけど、『医局をやめた社会不適合者』のような扱いを受ける事がたま〜にある。これは、こちらではなくて、そう考えている向こうに問題があると思っているのだけど。

初期研修医を終えたばかりの人が心臓外科医を目指す時には、医局に入る事をお勧めしている。ひとつは、専門医などの資格の問題。これは、医局に入った方が断然有利。施設の問題もあるし、一番の問題は指導者。初期研修医をおえたばかりくらいだと、どの指導者が本当のことを言っているのか見極めるのは難しいと思う。心臓外科医になってはじめの数年は、その人の心臓外科医としての一生を左右するくらい大事な時期だと思う。だから、目の前の甘い餌に釣られて、おかしな指導者の下で〇〇流的な偏った指導を受けるのはとても損をする。医局にいる指導者の全員が良い指導者とは限らないけど、いろいろな人の下で働くと、良いことも悪いこともたくさん体験できる。若い人に医局に入るように勧めているもうひとつの理由は、この心臓外科というヤクザな世界を生きるための、礼儀や仁義を学ぶため。この魑魅魍魎の心臓外科の世界を生き抜くには、ゆとり社会の初期研修医を終えたそのままの雰囲気では、あまりに純粋で無知で、あまりに幼稚だから。

医局にいようといまいと、大事なことは、心の自由は誰にも犯されてはいけないということ。医局にいることも自分で選択してそこにいるのだし、医局にいないことも自由に選んでいる事。医局にいると、ともすると、周りも自分も組織の中の一人としての意識が強すぎて、自由は自分で所有するものだということを忘れてしまいがち。これは、なにも組織のなかで自分勝手にしてもいい、と言っている訳ではない。組織の中にいる限りでは、その中のルールに従う事は大事だと思う。ただ、それを選んでいるのも自分であって、やめようと思えばやめればいいだけの話だということ。それは強制されている訳ではなくて、その自由は最後まで自分が持っているのだとしっかり意識しておく事が大事だと思う。

最もみっともないのは、医局に属しながら医局の文句や愚痴ばかりを言う事だと思う。医局に属してない人間から見ると、保護されている人だけが言える甘美な感傷にしか思えない。そんなに不満なら、外にでて一緒に戦おう。きっと、外にでたら、文句を言えた事がどれだけ恵まれていた事かからだの芯から理解できると思うから。

医局をやめても、不思議なことに道は開かれるし、自分が求めれば素晴らしい指導者にも出会える。もし、医局をやめていなくても同じことを言っているかもしれないけど、僕はこれまでの選択を間違ったとは思っていない。これから待ち受けている何かに、わくわくしている。


留学の仕方(7) 無給か有給か?清貧は清くない。

無給でもいいから留学したい。

僕も留学する前はそう思っていた。学ぶのだから見返りなんて求めないのは当然だし、給料をもらうなんておこがましい。でも、ここは大きな失敗点だったと今になっては思う。

日本には古から清貧の思想があって、自らの貧しさを顧みずに社会に貢献したり勉学に勤しんだりすることを美学としている。僕はこの清貧の思想は大好きで、この考え方が、初期研修医以前の医師には脈々と受け継がれている事は本当に素晴らしいと思う。だって、現行の初期研修医制度の前の研修医なんて、まさに、『患者さんのために、学ぶならもちろんお金なんていりません!!』という精神を前提にしたものだったし、実際に、そういう精神があろうがなかろうが、みんな貧乏だったのは間違いないと思う。

しかし、これは、日本以外では全く通用しない。生きるためにはお金が必要だし労働の対価には賃金をもらう事は、空が青かったり、そこに白い雲が浮かんでいたりするくらい当たり前のこと。そんななかで、無給でもいいです!!というのは、空は実は緑だと言ったり、雲は実は綿菓子なんです、と言っているくらい非常識な事。

実際には、無給で勉強しにきている医師もいる。しかし、それは、ごくごく限られたアラブのお金持ちの国から莫大な援助を受けている医師か、もしくは、急にお金持ちになった中国の医師に限った事で、すくなくとも先進国、もしくは、先進国よりちょっとだけ医療がまだそこまで発達していない国の医師は、労働の対価として賃金を求めるのは当然のこと。そこには、自分の医師としての価値と、プライドがあるから。たとえ、勉強にするにしても、医師としての責任を果たし、できる限りの力で医療に貢献しますよ、という証明でもある。

だから、無給でもいいと言う事は、私はどうでもいい人ですよ、と言っているようなもの。

責任もないから楽して勉強できるし、それでいいじゃない?と思う人もいるかもしれないが、そう思うのはとんだ勘違いだと思う。責任のない仕事、特に医療に関して、責任のない立場で学べる事はあるかもしれないけど、それは非常に薄っぺらで少なく、そういうものは短期の見学でも同じ事を得られると思う。

僕は、日本の医療の評価を貶めている原因の一つは、この『清貧』の思想に裏付けられた『無給の留学』ではないか、と思う。それはそもそもの人間としての尊厳や、医師としての責任やプロとしての仕事を、完全に放棄してしまっていると思う。

僕は、ここに来た時は法的な条件が揃わずに、無給の見学者だった。それでもいいと思っていた。幸いなことに、ここの病院の偉い人たちは、きちんとこちらの水準で僕のことを扱ってくれたので、『安い労働力』とか『ただ(無料)の奴隷』としての扱いはほとんどなかった。と言っても、そういう雰囲気から抜け出して、それなりの信頼や、一人のプロの医師としての信頼を勝ち得るまでに、かなりのダメージだった事は間違いないし、ここが大きな失敗だったと思っている。ただ、こちらでも、ただ(無料)の日本人がたくさんやってくる病院は、そういう日本人を扱い慣れているので『安い労働力』とか『ただ(無料)の奴隷』と思っている節がある。これはあきらかにある。こういう利用のされ方は、同じ日本人としてとてもとても悲しい。

留学を考えるなら、少しでもいいから給料を得るべきだし、絶対に無給はさけるべき。



若い人を留学をさせる偉い先生方にお願いがあります。『無給ならいつでも留学させる』という安易な条件で、若い先生たちを留学させないで下さい。これは、その本人や家族を、見ず知らずの外国で辛い立場に追いやる事になりますし、日本人医師全体が安く見られる原因でもあります。『無給ならいつでも留学させる』という安易な条件で、若い先生たちを留学させるなら、向こうの国から交換留学として無給で人を連れてきて下さい。それで初めて同等であって、その条件を向こうが飲むなら、それでもいいと思います。しかし、留学させる以上、生きていけるだけの賃金をその留学先から得る事は当然のことであって、その交渉までして賃金を得られることを保障して送り出すのが、送り出す者の責任だと思うのですが。いかかがでしょう?










留学の仕方(6) 交渉 

病院も決まり、さて、いよいよここで働きたいという交渉をすることになる。僕も何度もこの交渉をやってきたけど、いまだに苦手。でも、何度かやるうちに、コツのようなものが掴めてきたので、現時点でこうやったほうがいいよな〜と思っている事を書いてみようと思う。ただ、僕の思う事が正しいか間違っているか、僕にもわからないし、交渉事は当然、相手の出方によっても変わってくるものなので、一概に言えないのだけど。

まず、一番大事な事は、ここで働きたいので話しがしたい、と機会をつくることだ。これは、自分から仕掛けなくてはいけないし、ここで相手が土俵に乗ってくれなければどうにもならない。メールでも可能だし、初期の交渉はメールのほうが時間をとれるし冷静に考えられるのでそれも悪くないと思うのだけど、こちらの人たちは日本以上に会って話をすることに重点を置いているので、交渉は直接会って話をするのが一番良いと思う。

さて、話しますよ、というとき。当たり前だけど、自分から話を始めて主導権を先に取ってしまうのがよい。日本のように、こちらの働きたい気持ちを汲んでくれて、むこうが説明してくれたり、いつからきなさい、と言ってくれたり、そういうことはない。基本的には、雇い主は、こちらの求めるものを与えるのが仕事だと思っていて、雇い主の思惑を押し付けたりそれを強いたりするような事はあまり言わない。最終的にそういうことになっても、まずは、こちらの意思を尊重する態度を取ってくれる。そういう状況なので、自分の考えをまずしっかり相手に伝える。

自分の考え方のプレゼンテーションは、まず、結論から先に言って理由を後から述べる。日本だと、相手に理解してもらおうと思うと、理由や背景をできるだけ説明して、なんとなく結論までいかなくても相手がわかるところまでお膳立てするのが正しいのかもしれないが、それはこちらではめんどくさがられる。途中で話を切られることもよくあるし、伝わらない事が多い。まずは、結論を言う。そして、なぜならば、と続けて理由はあとから述べる。結論も、もしここで働きたいと言うのであれば、ここで働きたい、いつから、いつまでのこの期間。このような仕事をしたい。この仕事はできない。と具体的に言う方がいい。

この時に、自分の日本での経験もきちんとプレゼンした方がいい。僕は、書いた論文と、手術記録を全部持って行った。手術記録は日本語だったけど、絵を全部描いていたので、むしろ喜んでみてくれた。相手はもう数えられないくらいの手術をやっている人なので、手術数の50や100なんてものはないに等しいと思うようでそれがなんだ、という感じだったけど、きちんと仕事をしているという証明にはなったと思う。

給料のこともできるだけ具体的に言うべきだと思う。日本の医師の給料がそのままもらえる可能性はほとんどないし、この国で自分が生きるために必要な金額がどの位は正直わからない。だから、その時はこどもの人数を含めた家族構成も伝えると考慮してくれると思う。

こういう交渉はすんなりいかないことも多い。はっきり、NOと言われなければ、どこかに可能性はないか探ってみる粘り強さも必要。ポストが空いてなければ、いつまで待てばポストが空くのか?とか。決定的になにか問題があって、100%ダメだと言われる事は逆にあまりなくて、相手は譲歩できる事と譲れない事をほのめかすので、そここそが交渉のやりどころで、日本人だからとか、留学でお世話になるから、という自分の後ろめたさ的なものはいったん忘れて、自分の立場を堂々と主張すべき。

絶対にやってはいけない事は、自虐。これは絶対にやるべきではない。日本では美徳だけど、これは単に自信がないのか、あるいは変な奴と見なされて、何も得しない。またまた、そんな事はないでしょ?と言ってくれる事も絶対にない。自虐を言っても、あ、そうなんだ、それはダメだね。で終ってしまう。

次に、意味もなく笑う事。いつも笑顔でいなさい。と教わっているからそういう場所でも相手の感情を逆なでしないように笑顔を作ったり、笑ったりする人もいるけど、真剣な話し合いの場所での笑顔は、バカにしているかバカだと思われて良い事はない。逆に相手の感情を逆撫ですることにもなりかねない。

絶対にやってはいけない、という程ではないけど、無駄な相づちもしないほうがいい。相手の話を聞く時は黙って相手の目をみて、話が終るまで耳をすませるのが正しい姿勢。日本では、聞いてますよ〜という合図に相づちを打ったり、うんうん、と言ってみたりするけど、これは邪魔なだけ。これに慣れていた日本人の僕でさえ、久しぶりにそんな人と話すと、あ〜うるさいな〜と思う。

あと、冗談は言うべきではない。真剣な話の場所での、むだな冗談はタブー。日本だと、気の利いたユーモアはOKかもしれないが、それでも場所と場合によると思う。アメリカ映画で、交渉の時に気の利いた冗談を言ってこちらに有利に話を進める場面があるけど、あれは高度な語学力と、知識に裏付けされた実力があるからなせる技であり、それがアメリカ人にとってもすごいと思われるから映画にもなるわけで、あれが日常で通用するはずがないと考える方が正しい。

昔ながらの、日本人が思う、礼儀正しく相手を尊重しながら話をしていけば、失礼な事をすることはまずないと思う。そこから自虐や無駄な笑顔を省いて、きちんと自分の立場や意思を簡単に主張を加えれば、それこそ最強の交渉術だと思う。慣れないのに外国人のように振る舞ったり、外国人の真似をしてどうにかしようというのは、逆に悪い印象を持たれがち。むしろ、日本人の持っている礼節の態度で落ち着いて望めば、大きくは間違えないと思う。

こんなことを言うと誤解を受けるかもしれないけど、外国での交渉の時の最も望ましい態度は、ゆずれない自己主張は堂々とできるけど余計ないことは絶対に言わない、どんな時も礼節と相手への尊厳を忘れない、誇り高い武士の姿勢だと僕は信じている。

留学の仕方(5) メールの書き方 

『おい、遮断鉗子!!このcrazy boyにワインを飲ませてやってくれ!!』


ある日、にやにやしながらH先生が僕の部屋にやってきて、プリントアウトされたメールを僕に見せてくれた。

病院見学の申し込みのメールで、その若い先生が来ることは知っていたし、H先生のメールアドレスを教えたのは僕。ちゃんとした医局の先生だったし、その医局にも留学された先生が何人もいるのは知っていたし、本人が書けなくてもいろんな人の力を借りてそのくらいのメールは書けるだろう、と思って、見学の申し込みのメールを送っておいてね、とだけ頼んだのが失敗だった。

そのメールは転送してもらって、いまでも保存してあるけど。今読み直すととても面白い。だけど、その時は、同じ日本人の若い先生が面白がられていることが悲しかったし、悔しかった。

簡単な自己紹介に始まるそのメールはそこまでは良かった。その後、この病院のH先生やA教授ではなく、アメリカの有名な心臓外科医の名をあげて、『◯◯先生や××先生の手術に興味があります。彼らにも会ったことがあります。それで、H先生の病院にも見学させて欲しいです。見学の日程は〇〇です。ところで、僕はお酒が好きで、良く飲んでいます。ドイツの白ワインも興味があります。是非、ドイツの白ワインも楽しみたいです。ビールも楽しみです。ドイツの料理もすきです。本場のドイツ料理を食べるのを楽しみにしています。それではお会いできる日を楽しみにしています。』というメール。これでも随分好意的に訳しているのだけど。

これを読んだ時は、頭がくらくらした。

そんな奴は珍しいだろう?と思うかもしれないけど、このブログを通じて多くの若い先生や学生さんからメールをもらうようになったけど、多くはだいたい似たようなもので、このメールはそのなかから比べると、まだましなほう。だって、名前は書いてあるから。だけど、僕のブログにこのメールならまだしも、これを病院のボスに送りつけるその感性がもう理解できない。

実際にきた彼は、さわやかな若者だったのだけど、医師という社会的にきちんとしていなければいけない職業であるという以前に、普通の社会人として一般的な教養を勉強しなさいよ、とご希望通りビールをのませながら諭したのだけど。

彼だけでなくて、いまの若い先生や学生さんは文章力以前の、そういう礼儀や感性がおばかなギャル並みになっているような気がしてならない。僕は、日本人の医師の人間としての未熟さと教養のなさをこれ以上世界中に拡散して欲しくない。僕がメールで病院見学を申し込め、と書いた以上、その書き方だけには少し触れておこうと思う。


具体的な文章はそれぞれが書けばいいので、大きな構造だけ示しておこうと思う。
1.相手の名前。Dear Dr.◯◯ (フルネームか、Family nameで。いきなりfirst nameは絶対にだめ。失礼)
2.自分の所属と,身分と、名前。
3.◯月◯日から◯日の◯日間、そちらの見学したい。なぜならば、自分はこんなことに興味があり、この病院がそれに関してすばらしい仕事をしているからです。など、理由。理由の中で、見学したい病院を誉めることも大事。
4.見学中にこれがしたいという希望。手術がみたい。ICUの術後管理が見たい。こんなことを勉強したい。など
5.もし、この日程で都合が悪ければ教えて欲しい
6.見学当日はどこに何時にいけばいいですか?
7.お会いできることを楽しみにしています。
8.しめ。sincerelyなど
9.日付と自分の名前、メールアドレス

これだけで、十分。日程とやりたいことは、きちんと希望を書くこと。いつきてもいいですか?と訊くのが日本では礼儀かもしれないけど、こちらでは対応に困るし、それを決めるのは自分自身というのが常識。やりたいことに関しても同じ。見学に行けば、なにかプログラム的なものがあって、黙って口を開けていればそこにいれてくれる訳はない。しっかりとした目的を持っていけば、それを汲んでそれに近いことは実現させてくれるし、ボスたちはそれがホストの責任だと思っている。プライベートのこととか、他の病院や他の人の情報はいらない。自分のことを知ってもらおうと、趣味や特技を書く必要はない。メールで相手に印象つけて、覚えてもらおうという押しの強さや、メールを楽しんでもらうと言うサービス精神は、むしろ逆効果。


このメールを送ってきた先生が来ている間中、H先生がにやにやしながら、ワイン飲ませたか?ビール飲ませたか?と言ってきたのはちょっと参った。笑



(追記。ついでだけど、僕に送ってくるメールはこんなに形式張っていなくていいけど、せめて名前と所属や大学名くらいは書いて欲しいな。ブログ経由のメールでなんとなく企業のサービスか、なんでも言っていい2なんとかみたいな掲示板と勘違いしているのではないかな、と思う。ブログの向こう側にいるのは、生身の人間だし、若い先生や学生さんからすると先輩であり、友達ではないのでそのあたりの最低限の礼儀は忘れないで下さい。)


このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

心臓同好会
心臓を熱く語る、勉強するみんなの会です!! こちらにも遊びにきてくださ~い!!
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