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駆け足の30分で、医療の未来を大胆予想してみる(4)。憂国の後半の後半。

日本を含む既存の欧米人のつくった世界と、そんなのくそくらえと思っている世界の2つに大きく分かれてしまった時。新しい世界の価値観がが古い世界を凌駕しようとしたら。中国製の安いカテーテル治療が世界中の多くの国で普通に使われはじめたら。

そうなったらという前提なのだけど、もしそうなったら、僕は日本の事がすごく心配になる。


日本人は、流行に敏感だし安くて良いものが大好きだと思う。これは素晴らしい事だと思う。その特性があったから、新しい物を生み出して、さらにそれはいつだって良い物だし、いつだって安くする努力がされている。だから、世界でも第3位の経済国家でいられるのだと思う。もちろん、それだけで全部が言える単純な話ではないけど。でも、日本人はそういう特徴を持っていると思う。

なんでもそうだけど、物事には善し悪しの両面がある。ちょっと極端な例かもしれないけど、わかりやすくするためにあえてあげるとすると、立ち食い本格フレンチレストランに行列ができているニュースに、最近ひどく驚いた。きっとお料理は本当に美味しいのだと思う。値段も随分安いと思った。立ち食いで、客の回転数を上げて低価格を実現しているというのは面白いビジネスだと思う。ただ、安くて美味しければ、フランス料理のしかもフルコースを立ち食いでも食べにいく、しかも、入店するまでに何時間も待つ、というのが、とても日本人的だと思った。批判している訳でも悪口を言いたい訳でも日本人を卑下している訳でもない。ただ、あ〜日本ってこんな国だったな〜と思い出したような気がした。

フランス人は自分たちの食に誇りを持っている。料理そのものもそうだけど、それを含めた周りの全ての物、空間や雰囲気、もっというと、レストランの椅子や机、食器、証明、食事を提供するウェイターさんの所作も含めて全部が文化とよべる価値のあるもので、全部が相互に共鳴し合って1つの世界を作っている。どれかだけを取り出して切り売りしたらその価値はかなり損なわれる。色鉛筆は12色そろっているから奇麗な絵が描けるのであって,いくら好きでも茶色だけで春の美しい花や木々の様子が描けないのと同じ事だ。

この立ち食いフランス料理フルコースのお店は、それを成立させている。それを支えているのは日本人の、安くて良いものが大好きという特徴だと思う。良い食事は座ってゆっくり楽しみたい、それにはそれなりの対価を払うし、払える自分に価値を見いだして、文化に触れたな〜といい気持ちになるのではなくて、立ち食いで、ゆっくり会話を楽しんだりできないけど、少し価値を損なうけど、安く美味しい物を食べにいく。しかも、長時間並んででも。



もし、中国製のカテーテルが他の国(いま、中国に医療を受けにいく人はいないと思うけど、例えば、タイとかインドとか)で使われていて、しかも治療費が非常に安価。日本で手術をすると大きな傷が出来るのに、あっちでは小さな傷ですむ。しかも入院期間は短い。なにやらインターネットで調べてみると、欧米では導入されていない最新の治療らしい。となった時に、その治療を受けにいきたいと思う日本人は決して少なくないと思う。僕がもし、そういう国の病院の宣伝部長なら、安くて新しい!!アメリカにもヨーロッパにもない、体に優しい治療!!という宣伝キャンペーンを日本ではって、きっと大儲け出来ると思う。もし、僕が日本で医師をやっていて、自分の患者さんが、そういう治療を受けにいきたいと言ったら、必死に止めると思う。自分の患者さんに将来性のわからない治療は受けさせたくないから。そして、きっと言うと思う。日本でその治療は受けられないけど、日本には安全性も確立されて、しかもそれは今だけじゃなくて将来にも及ぶ試験がされているあっちとは比べ物にならない安全な治療法があるのですよ。しかも、それは、保険で治療できるので、そんなところにいくよりずっと安く出来ますよ。と。

そう。自信のもと。ぶれないための軸。ヨーロッパの歴史や伝統、アメリカのアメリカNo.1みたいな物。それは日本の医療にとっては国民皆保険制度だと思う。

この制度があるから、日本人は安価で一流の医療を受けることができるのは誰もが知っていること。これが崩れたら、日本で高いお金を払うよりも、安くて良さそうだと思って、海外で中国製のカテーテルで治療を受ける人もかなり出てくると思う。それだけならまだいいけど、流行に敏感な日本人は、流行っているからそちらがメジャーと思って、あるいはそう勘違いして、既存の金のかかる古い規則や秩序をないがしろにしたり、捨ててしまったりしないだろうか。そんなことないよ、なんて自信を持って言える人がいるのだろうか。もしそうなったら、安いだけで安全性の保証されない医療を提供するあやしい医療国に日本はなりはしないか、と僕は心配になった。たった、30分の話を聞きながら、だったけど。



TPPの導入で医療の事が話題になることが増えてきた。経済はもちろん大事だけど、いままで先輩たちが努力して培ってきた医療の質を落とす方向に行かないで欲しいと思う。一度、失われるとそれはもう取り戻しがきかないものだってあるし、医療の質はその1つだと思う。それを防ぐには、現在ある保険制度は絶対に失ってはいけない、と僕は思う。








『駆け足の30分で、医療の未来を大胆予想してみる。(1〜4)』(終わり)
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駆け足の30分で、医療の未来を大胆予想してみる(3)。見切り発車の後半。

結果的に言うと、この中国製の心室中隔欠損を治療するデバイスが、欧米、日本で認可されるかというと、未来永劫そういうことはないと思う。それは、やっぱり治療した後の遠隔成績が出ないし、すこしありはするが非常に質が低いからだと思っている。それは、治療した患者さんは、治療したらそれで終わりで、経済や地理の問題でそれっきり病院に来ない人も多くいたり、医療のシステムの未熟さが原因だと思う。

しかし、このデバイスは、世界の多くの患者さんを救う可能性があると思うし、実際に、多くの場所で使われると思う。

単純に人口の話をすると、EUで5億人、アメリカは3億人、日本は1億人ちょっと、韓国が0.5億人でカナダは0.3億人。あわせても中国の13億人には遠く及ばない。中国だけでもそうなのに、ロシア1.5億人、インドネシア2.5億人、バングラデシュ1.5億人、フィリピンとベトナムで1億人づつ、タイが0.8億人、さらに、忘れてはいけないインドの12億人。中国の周囲のアジアとロシアだけで、地球の半分の人口がある。

これは、ちょっと言い過ぎかもしれないけど、いままで欧米人が作り出した規則と秩序を、そんなのくそくらえだ、と言う可能性のある人数は、規則と秩序を重んじている人数を軽く越える。さらに、南アメリカはどうだろう。そして、アフリカはどうだろう。ブラジルや南アフリカといった経済的にうまくいっている国をのぞいて、ほとんどの国が目の前の命を安く救いたいと思ったって仕方ないと思うし、価値はあるのかもしれないけど、金ばかりかかる規則や秩序を、くそくらえ、とトイレに流してしまっても当然だと思う。

今までだって、そういう国では、規則や秩序をくそくらえだと思っていたと思う。しかし、それをくそくらえ、と言ってしまうと他の手段がなかった。欧米のやり方やものしかなかったから、それに従うしかなった。しかし、今は中国が自分たちの価値観と倫理観で、たとえコピーと批判されようが、そんなのお構いなしで開発?し販売しつつある。しかも安価で。欧米人の作り出した規則や秩序を、中国が、くそくらえと言える土台を作りつつある。

僕はそれが悪いことだとは、全く思わない。だって、そのカテーテルは、それがなければ死んでいたこどもたちを救っているから。遠隔成績はわからないけど、たとえ、10年後にそのカテーテルが原因で不幸にも死ぬ事になっても、そのカテーテルは10年というかけがえのない時間をそのこどもと家族に作り出すのは否定できないと思う。


そうとうでかい事を言おうとしていてちょっと怖いのだけど、酔っぱらいのオッサンの戯言だと思ってもうちょっと言わせて欲しい。


この先、こういうデバイスの世界、ひいては医療の世界は二分化していくと思う。欧米人のつくった規則と秩序の世界と、そんなのくそくらえだという世界。そして、くそくらえだという世界の方が圧倒的に人数がいる。その世界の中で規則や秩序以外の新しい価値観が創造されて、それが少しずつ発言力を持つようになって、くそくらえで始まった世界は、きっといつか欧米人の世界に並び、もしかすると凌駕する時が来るかもしれない。

しかし、そうなっても欧米人の作り出したこの世界は、この世界できっと今まで通りに機能していくと思う。良いものを搾取して自分たちでも使うことがあっても安全性の基準をさげて安かろう悪かろうのもので医療をする事はないと思う。ぶれないで、少数派になっても自分たちのブランドを守り続けると思う。

だって、ヨーロッパ人は自分たちの歴史や文化とそれで生み出された規則や秩序に絶対の自信を持っているから、きっとぶれない。アメリカ人は、アメリカNO.1で自分たちこそがヒーローだと思っているから、きっとぶれない。







そうなった時に、僕が心配しているのは。日本の事。最初に感じた、背中の寒くなる思いは日本の事を思ったから。



















駆け足の30分で、医療の未来を大胆予想してみる(2)。らしくなくまじめな前編と後編の間。

一人の医師として、医療の究極の目的って何か?と考えてみると、それは、目の前の患者さんを助けられるかどうか、に尽きると思う。論文を書いて素晴らしい成績を残しても、素晴らしい手術技術や知識を持っていても、目の前の一人の患者さんを救えなければ意味がない。逆に言うと、目の前の一人一人を救おうと努力してきた結果がいまの医療の進歩そのものなのかもしれない。

しかし、医師のそういう思いをいとも簡単に打ち砕くものが時として現れる。その1つが経済だと思う。日本は皆国民保険制度で病院にかかるのは非常に安価だし、病院をサービス業と勘違いしている人も多いけど、一歩、日本国外に出ると、金は命だし、命には金がかかるのが、むしろ常識なのだ。



もし、自分や自分の子どもが病気だとする。手元にどう頑張っても50万円しかない。しかも、今治療しなければ死んでしまう。手術をすれば治るし長生きできるのもわかっている。でも100万円かかる。一方で、10年先の安全性はわからないけど、中国製のカテーテルで治療すれば、とりあえず命は助かるし、30万円ですむ。残りのお金はその後の治療にも使える。という状況で、あなたは何を選びますか?

もし、あなたが医師で、患者さんにお金がないために手術を受けられずに毎日死んでいくのを見続けていくなかで、安価で治療出来るけど10年先のことはわからないという中国製のカテーテル治療を見つけたとする。あなたは医師として、10年先の未来が保証できないからそれを使わないで、目の前の患者さんが亡くなるのを毎日看取るという選択をすることができますか?


僕は、個人的には、中国製だろうが何だろうが、長期予後の報告や安全性に対して今までの基準には到底達し得ないレベルだろうが、患者さんを救えるものがあり、それを必要としている場所と人があれば、それを使って治療する事には賛成する。だって、それがなければ、見殺しになるしかないのだから。だから、ロシアや中国で、中国製のカテーテルで長期予後不明の心室中隔欠損症のカテーテル治療が行われていても、それで患者さんを助けているのであれば、それはむしろ素晴らしい事だとさえ思う。



経済という現実的な問題の前で、規則や秩序など、言ってられない場合もある。この中国製のカテーテルもそうだけど。昨年にインドネシアに行った時に、大学の先生方が中国製の医療機器の導入を検討されていると話しておられた。欧米の医療機器は品質はよいけど手が出せないほど高価だけど、中国製なら品質はやや劣るけど臨床には十分使えるし、なにしろ値段が数分の1だ。これで多くの医師が仕事ができ、患者さんを救えるのなら、中国製であってもそれを購入するつもりだと、話されていた。僕はいくつかの反対理由をあげて、買うべきではないと反論したが、じゃあ、どうやって患者さんを助けるの?という問いに明確な答えなんか見いだす事は絶対に不可能で、黙るしかなかった。






僕の見れる範囲の小さな世界だけど、欧米主導型の1つの道しかなかった世界が、小さい道と大きな道を持つ2つの世界になりつつあるのかもしれない。
















駆け足の30分で、医療の未来を大胆予想してみる(1)。笑いところのない前半

ロシアの先生がうちでの実習を終えて帰る前に、朝のカンファレンスの後に10分だけのプレゼンテーションをすることになっていた。しかし、今日のカンファレンスは荒れ模様で、カンファレンス終了時間はとうに過ぎ、ロシア人の先生には『5分だけでやってね』と言い渡された。ロシア人の先生が5分じゃ難しいな〜と言いながら始めたプレゼンは延々30分にも及んだ。しかも、かなりの枚数のスライドをとばしたにも関わらず。一体、どれだけしゃべるつもりでいたんだろう。忙しい朝のカンファレンスで30分も延長するなんて前代未聞のことだった。内容が非常に興味深かったので、皆が時間を忘れていた。

その内容は、中国製のカテーテルでの膜様部心室中隔欠損症閉鎖について。

心房中隔欠損症がカテーテル治療できるようになってもう随分経つ。日本でも限られた施設だけども、心房中隔欠損のカテーテル治療が行われている。先天性心疾患の世界では、心房中隔欠損症の次は、動脈管開存の閉鎖、さらに心室中隔欠損症へとカテーテル治療は進化を遂げている。心房中隔欠損症と動脈開存のカテーテル治療はヨーロッパでは常識になっているが、心室中隔欠損症は筋性部と一部の膜様部へのカテーテル治療が始まっている。ドイツでも限られた施設だけの、まだまだ一般的とは言えない状況だと思う。

そんな状況のなか、ロシア、中国ではこの膜様部心室中隔欠損症へのカテーテル治療の認可がおり、一般使用されているという。2.5kg以上の大きすぎない心室中隔欠損症はほとんどがカテーテルで閉鎖できるらしい。胸部下部の小切開で開胸し心臓に到達、右室を穿刺してエコー下にデバイスを挿入して心室中隔欠損を閉鎖する。デバイスの基本的な形は、欧米、日本で使用されているアンプラッツァーとほぼ同じ。人工心肺手術への移行は3−5%、不整脈なし、入院期間は平均3日だった。

中国製のデバイスを使って、中国、ロシアでこの臨床使用が数年前から始まっていて、ロシアのこの先生の施設でも第一選択になっているとのことだった。





背中が寒くなる思いがした。





今までの、というと漠然としているけど、中国が台頭してくるまでの世界では、このようなデバイスの導入には相当高いハードルがあった。動物実験も安全実験もやまほどやって、ようやく患者さんで臨床応用して、長期予後を観察して、その間莫大なお金をつかってようやくヨーロッパ、アメリカで認可されて、さらにずっと遅れて日本で認可されていた。このような新しい器械(デバイス)の認可はアメリカよりもヨーロッパが一歩早く、しかもドイツは割と積極的に新しいデバイスを導入して、世界で最初にデバイスの結果を発表する事が多い。しかも、驚くほど多い患者さんの数を揃える事ができる。新しい人工心臓も、日本人が考え、アメリカ人が作り、ドイツ人が患者さんに使って論文を書き、そのデータを使ってアメリカで認可を取り、それが全部終った後に日本での認可がおりた。だから、認可された時にはある程度の安全性を確認されていたし、ましてや日本で使用する時には少なくともヨーロッパやアメリカの患者さんに使われたデータは手元にあるのが当たり前だった。だから、高すぎるくらいデバイスは高価だし、それは、ぼったくりじゃねえの?と思っても、安全と引き換えにはできないのかな、と幾分かは納得できるとこはなくもなかった。このような手間とお金と時間をかけて安全で有効と判断できる基準を設けて、多少、経済的には患者さんの負担にはなるかもしれないけど患者さんの安全を守るためのルールの中で医療は、進化し新しいものを生み出してきたはずだ。規則と秩序と、それに伴う対価という形で。




しかし、規則や秩序はそれを守る人がいるから成立する。そんなものくそくらえ、と全員が思えば、規則も秩序も成立しない。つまりは、くそくらえ、が時としては、あるいは場合によっては、新たな規則や秩序にだってなりうるのだ。











月に心のすみすみて

ふと、どうでもいい事をきっかけに振り返るときがある。将来を見通せず不安になるときがある。そんなことは誰にもわからないと十分すぎるほど知っているのに。それはみな同じことのなのに。




佐藤義清という名前は知られていない。彼は、平安末期に北面の武士というエリートの道を捨て、その生涯を旅した旅人。悟りの道を求めつつ、葛藤も煩悩も悲哀も等身大の姿で詠み続けた歌人。詠の技巧も言葉の装飾も忘れ、彼が歩き続けた山道のような朴訥な言葉を綴り続けた貧しい僧侶。彼はこう呼ばれている。


西行


彼がなぜ出家し旅に出て、仏と詠の世界で生きたのか。その理由ははっきりわかっていない。わかっているのは、彼が悩み、葛藤し、苦しみ、それを小さな詠に詰め込んでいたという事実。悟りを目指しながら、幾度となく都や華やかな生活への未練を綴っている。人里離れた山奥で一人でいることの不安を吐き出している。花や鳥の美しさを語り、それに比べてみじめな自分を恨むように嘆いている。


鈴鹿山浮き世をよそに振り捨てて いかになりゆくわが身なるらむ 
      (荒れすさんだこの世をすてて 私はこれからどうなるのだろう)
世の中を捨てて捨てえぬ心地して 都はなれぬ我が身なりけり 
      (世を捨てたけど捨てきれたなんて言えなくて 未だに都を懐かしんでいまう)
花に染む心のいかで残りけん 捨て果ててきと思ふわが身に 
      (花の美しさにいまでも心が奪われる なにかも捨ててしまったと思っていたのに)
常よりも心細くぞ思ほゆる  旅の空にて年の暮れぬる 
      (なんだかいつもより心細いんだ 旅の空の下で年が暮れようとしている)


孤独で途方もない不安を抱えながら、何を考え何を感じ、どこに向かっていったのだろう。悟りという実態も答えもわからないものと孤独に対峙していた西行の葛藤はいかほどのものだったのだろう。






気がつけば、こんなところまで来てしまった。そしてこれからどこにいくのかもわからない。悟りと自然の真ん中で一人でまっすぐ向かい合った西行の胸の中の葛藤には遠く及ばないけど。胸の中の思いにつぶされそうになった時に、どうやって一歩を踏み出したのだろう。次の一歩にどうやって力をいれていたのだろう。



ゆくへなく月に心のすみすみて 果てはいかにかならんとすらん
 
(どこまでもどこまでも月に心が溶けていくような気がして、もうこの先はどうなってもいいとさえ思うんだ)



どちらにしても、僕は初めからながれもの。心奪われるものがあれば、この先はどうなってもいいと思えた西行の足跡は、いまもしっかりと僕の前にある。











注:俳句の現代語訳は僕の意訳ですので正しいとは限りません。
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

心臓同好会
心臓を熱く語る、勉強するみんなの会です!! こちらにも遊びにきてくださ~い!!
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