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昨晩、高校の同級生と話して思った事。

夜も随分遅い時間に、登録しているSNSのページを立ち上げっぱなしにしたままでいろいろと作業をしていた。聞き慣れない、ピョコン、という音が一体何なのかしばらくわからなかったが、それはSNS経由のメッセージの着信音だった。懐かしい高校時代の同級生からの短いメッセージ。

『こんにちは。元気にしていますか?』

こっちも夜中、日本にいればむこうは明け方なのに、と思った。そうだ、アメリカにいるかもしれない、と思いついたのは、彼は東大の先生で世界中を飛び回っている研究者だからだ。研究の内容は教えてもらっても、こっそり見つけた論文を読んでも、素人の僕にはさっぱりわからない。

中学高校時代の同級生と話すときは今でも緊張する。『少年院』と陰口を叩かれることもあった特殊な全寮制の学校で、偏差値は低すぎて『測定不能』の進学校ではなく神学校だった。6年間も寮生活をしているのに、ずっと馴染めない感じを払拭できないまま卒業した。親友とよべる友達もいたし、良き師にも巡り会ったけど、その学校の持つ雰囲気にぴったりあった大多数の生徒の独特の空気感が苦手だった。今でも、SNSで同級生同士が盛り上がってたりするのをみても、そこには僕が入れない何か見えない壁のようなものを感じてしまう。もちろん、そこに特別な感情はなにも生まれないのだけど、水族館にいるときのような、近いけど遠い世界を分厚いガラス越しに見ているような感じがする。僕か彼ら、どちらが水槽の外か中かはわからないけど。

探り探りのメッセージの往復。

『どうしたの?明け方でしょ?』
『論文書きだから、こんな時間になるんだよ』
『何だよ急に。何かあったの?』
『いや、どうしているかなと思って。いろいろ見ていたら昔の病院のHPとか見つけて。』

僕の仕事の話から、彼の研究の話になり、いつも勉強していた寮の礼拝室の話になった。この学校の全ての寮に礼拝室があって、朝晩、全員が集められて礼拝をしていた。寮生全員が集まれる大きな部屋で、時にはバンドのコンサート会場になったり、上級生が下級生を集めて説教をする部屋になったりした。しかし、それ以外の多くの時間は、数少ない勉強したい人が勉強する自習室になり、3年生になると大きな部屋の窓脇の長机を1人で1つ占領してもいい権力を行使できた。僕も彼もそこで机を並べて勉強していた。尤も、この学校で受験して進学する人は珍しく、なんとなく『努力しても無駄』という考え方が支配的で、勉強して受験するような奴はあからさまに馬鹿にされた。僕は、割と勉強が好きだったし、馬鹿にされても『うるせ〜よ』と無視して問題のないくらいの存在でしかなかったし、勉強している時間は鬱陶しい寮生活の人間関係からも逃避できたから、礼拝室ですごす時間が他の人より圧倒的に長かった。

『高校生の時から外科医になりたかったの?』
『いや。そんなことはないよ。あの頃は漠然と医師になりたかったんだ。卒業してさらに2年浪人したけど、なんとか医学部に合格したよ』
『ぶれていないんだな。すごいな。』

そういう彼はそういえばすこしふらふらしていた様な気がする。友人も多くいる、と思っていた。ひなたで生活している人間だという認識だった。友人の誘いを断れず夜に勉強していない日も多かった気がする。その癖、テストの前には人一倍くらい顔をしていたことを思い出した。それでも、卒業後、いくつかの海外の大学を渡り歩き、どこかの研究所から東大に引き抜かれる形で移籍した。

何言ってんだよ、と思った。すごいのはお前の方だよ、と言おうと思ったけど、言えなかった。その前にもう少し埋めるべきものがあると思った。

『高校の時の友達とこうやって話するの、すごく変な感じがするよ。オレさ馴染めなくて嫌われていたからさ。「嫌われていた」って人のせいにしている言い方だけど、オレがみんなを嫌っていたのかも。そんな負い目があるんだよ。いまでも』
『そうだな。遮断鉗子は近寄れない空気をだしていたよな。でもな、オレも馴染めていなかったんだよ。友達にあわせるのが精一杯で。劣等感のかたまりだったんだよ。それが今、少しだけ自分が許せるようになって。そしたら、あの頃の同級生はなにやっているんだろうって気になって。お前はぶれずにやっていて偉いよ。』

こいつもあのとき同じような事を感じてあそこで生きていたのか。多くの友人に囲まれて高校時代を楽しんでいるように見えていたこいつも劣等感を抱える自分と向き合って闘っていたのか。その当時は全くそうは思えなかった彼の意外な告白に、目の前の分厚いガラスが取り去られた気がした。

『偉いのはお前の方だよ。偏差値測定不能のバカ高校生だったお前が、東大生を教えているんだぜ。痛快だよ。日本の将来は大丈夫なのか?』
『偏差値30以下のお前が心臓外科医だもんな。心臓だけは健康でいなきゃ、お前に手術されちまうな』

あの頃の自分に、もし会えるなら言ってやりたい。自分だけが苦しんでいるんじゃないんだ。みんな同じように苦しんでいるんだ。『自分だけ』と思う心の狭さを恥じろ。そして、20年後には、奴は東大の先生になり、お前は心臓外科医をやっているよ。だから、励まし合いながらがんばれって。











最近、いろいろな人間関係の繋がりの中やこのブログを通して、日本、海外問わず、各地で活躍している同世代の人と交流を持てている。ありがたいことに、遠くからわざわざ会いに来て下さる方も多い。不思議な事に、日本にいるときよりもそういう友達や知り合いが増えた。どの人も、これからの医療を背負って立つと思われる人ばかりで、それぞれに苦しみながらも、隠せない光を放ち始めている。

ともすれば、2助手ばかりの毎日で、どうして留学しているのに僕だけがこんなに成果をだせないのだろうと思いがちな毎日だけど。











『自分だけ』と思う心の狭さを恥じよう。ぱっとしない毎日だけを見つめすぎずに、自分の将来を信じて、励ましあいながら頑張ろう。












『4月にパリで学会があるんだ。ドイツからは遠い?』
『4月!いい季節だよ。行くよ、パリに。同窓会しようぜ、パリで。おしゃれだな、おい』
『それまでお互い頑張ろうな。そして4月に背筋をのばしてパリで会おう』
『背筋を伸ばして胸を張って。それいいな。頑張ろうな』
『お互いに期待して、頑張ろう!ではパリで!ありがと!』









お互いに期待して、か。いいこと言やがったな。









































































































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No title

劣等感の塊ですか。
まったく同じ境地だった人がいることにびっくり。
ちょっと考え込んでしまいました。私もかなりの負い目があります。

もしかしたら高校生の時ってみんな同じなのかも知れませんね。

私も海外に出て友達が増えた気がします。

水族館の魚たち

水族館の中に、必要のない魚はいないです。

私も同じ水族館の魚たちになじむのに時間はかかりました。手探りで飛び込んで、迷子になりながら水槽の中をグルグル回っていました。
でも、少なくとも、手を差し伸べてくれた遮断鉗子さんに救われました。

私の居場所を作ってくれました。

東大の同級生もそうです。分厚いと思っていた壁も、実は想像以上に薄いのかもしれませんね。

No title

昔の自分より今の自分です。今の自分より未来の自分です。

自分が自分の未来を創るんだと思います。
がんばってください~

Re: 水族館の魚たち

tomoさん、コメントありがとうございます!!

tomoさんがどなたか確定できていませんが、もし、そこで居場所を作れたのならそれはきっとご自身の力だと思いますよ。居場所はいろんな関係性の中で作り上げられるものだと思いますが、それを他人が作れるほど容易いものではないですからね〜。

壁の厚さは仰る通りかもしれませんね。大人になるとそう思います。ただ、不思議なもので、高校生の時の友達と話したり会ったりすると、気分が高校生になるんですよね〜。

また、気軽にコメントお願いします!!

Re: No title

すずさん、コメントありがとうございます!!

そのとおりですね!!前に進んでいくのみです。
でも、たまには振り返るのもアリでしょう?昔の繋がりから、パリ同窓会に行き着きましたしね〜

また、気軽にコメントお願いします!!

Re: No title

hamachan7 さん、コメントありがとうございます!!

青春時代とはそういうものかもしれませんね〜!!

また、気軽にコメントお願いします!!
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

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