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心房中隔欠損症閉鎖術

5歳、8kgの心房中隔欠損症。かなり小さいけど、染色体検査は性状。顔を見るとならかの遺伝子異常がありそう。エコーでは心房中隔にたくさん欠損孔があって、下縁はなさそう。手術は、僕、ボスのD先生、レジデントの先生。組織も、なんというか『ふにゃふにゃ』していて普通とはまるで違う感じ。結合組織と血管の境目がわかりにくいので気をつけないと、と思っていた。その矢先。人工心肺を入れる前に、上大静脈を剥離して直角を上大静脈の下に回すのだけど、それで、上大静脈に穴をあけてしまった。当然、大出血。送血管を入れて、右房から脱血管を入れて、上大静脈を修復。出血はとまったけど、ボスのD先生が1助手の位置からさらに追加。その後、上大静脈、下大静脈から脱血管を入れ直して、心停止。心房中隔欠損は、エコーの読み通り。自己心膜でどうにか閉じた。遮断時間は22分。翌朝、ICUに見に行って患者さんは問題ない経過をたどっていたことを確認した。

こんなミスは、人には聞いていたけど初めて自分でやった。それが、AWAYのインドネシアでなんて。推してくれたA先生にも大変迷惑をかける事になって申し訳ないでは言葉が足りない。

出血した後に、ヘパリンも入れているからすぐに心肺が回せると思い、落ち着いて送血管の針糸をかけて送血管を入れた。結果的にはその勘違いがよかったのだけど、ここはACTが400以上にならないと心肺は回さないルール。ドイツの病院ではヘパリンが入っていれば、ACTの値は見ずに心肺はいつでも開始できる。脱血管を入れて、それでもサクションも始めてくれないので、人工心肺を早く始めようとクランプに手をかけると、まて!!と。その時に、あ。そういえばそうやっていた、と思い出した。

出血した後は主導権を奪われてしまった。それでも、必要なことは言ってそのとおりにしてもらったけど、視野はでないし、道具が必要以上に術野に入って作業スペースがない。針も異常に柔らかくて曲がりやすいうえに切れないし、ピンセットも掴めないし。と言い出したらきりがない。これがAWAYでやるということ。環境も道具も違う上に、自分の気持ちも全然ちがう。手のあいている人を全部集めたのではないかと思うくらいの、10人以上の人が手術を覗き込み、僕の1つ1つの動きを目で追っている。普段の力のわずかも出せていない気分になる。逆に言うと、それでも安全に問題なく普通に手術できないと、外では手術してはいけないということ。それが『ボーダーライン』で『資格』になるのか。技術は言わずもがなだけど、自分のやりたい事を周りのスタッフに絶対にわかってもらう、という強烈な意思を持つ事、とそれを伝える最低限の言葉というのは、技術以上に大事な要素かも。そのためには、自分のなかで確固たるイメージと助手の動きも含めた手術のやりかたを確立していること、という基本に戻る訳なのだけど。




インドネシアの病院の先生にも迷惑をかけたし、推して下さったA先生の顔に泥をぬることになったのではないか、と心配しているし、なにより『日本人』はこうだった、良くないことを言われる事も心配している(大げさに思うかもしれないけど、僕に限らず海外にいる日本人はどこかに日の丸を背負っているという自覚があるものだと思う)。それは十分に理解しているので、こんなことを言うのは申し訳ないが、今回のことはこれからに繋がる非常に得難い経験だった。すんなりうまくいっても良い経験だったと思うが、やっちまったことで、学び考えた事は本当に多かった。これからドイツに帰って毎日どう過ごすのか、その方向性がはっきりと見えている。

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No title

Harapan Kitaでの経験、これから活かせそうですね。
ただ、一つ何度か行かせてもらって言えることは、
後で、「日本人が・・」とか言うことはないと思います。
いいことは素直に言い機会を与え教えようと思い、
いいことを素直に学ぼうと思う人たちかと。
看護師側からいえば、道具がない分、最低限の道具で
シンプルにオペをやってる印象です。
もちろん、こだわりたい道具もありますよね。
A先生も言ってました。

Re: No title

ayamigoさん、コメントありがとうございます!!

> ただ、一つ何度か行かせてもらって言えることは、
> 後で、「日本人が・・」とか言うことはないと思います。
そうですね。そう思われる事はないかもしれません。ただ、海外で、特にそこに日本人がほとんどいないような状況で働いていると、自分で勝手にですが、日本代表のような気持ちになるのですよね。日の丸を背負っているような。僕を通して皆が日本人や日本をどういうものか理解することになるので。ちょっと大げさな言い方ですが、そう思って海外で頑張っている日本人は少なくないと思います。

道具は確かに最低限でしたね。少なさに驚きました。それでもできる事に驚きました。ただ、それになれていないと難しいな、と感じました。要は習慣の問題かもしれませんね〜

また、気軽にコメントお願いします!!

No title

確かに、先生ドイツで一人で頑張ってらっしゃいますし、初めて日本人を迎えるとなると、そうなのでしょうね。そう思って頑張ってくださる遮断鉗子さんを尊敬します。 ま、インドネシアでは、今までのA先生の偉大な働きとずっと保ち続けている素晴らしい関係がそう思わせないのではないかと思いましたよ~。

Re: No title

ayamigoさん、コメントありがとうございます!!

そうなんですよね。A先生が過去にどのような仕事をされ、そこにどれだけ大きいものを築き残していったかということがよくわかりました。僕もそうなれるようにまた今日から頑張ります〜!!

また、気軽にコメントお願いします!!
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

心臓同好会
心臓を熱く語る、勉強するみんなの会です!! こちらにも遊びにきてくださ~い!!
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