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『チーム・遮断鉗子』物語 (1)

『チーム・遮断鉗子』とひそかに呼ばれていることを知って、とても面映かった。チームと言ったって、僕と助手のIさんのことなんだけど。しかも、『チーム・〇〇』と言う時の〇〇は執刀医であるのだけど、僕は第1助手。

なぜそんなことになったかを話すと少し長くなるのだけど。

手術のメンバーを決めるのは執刀医の権利。P先生や僕が手術をするときは、第1助手は指導医でないといけないので、メンバーは勝手に振り分けられるのだけど、A教授、H先生、C先生と場合によってはL先生は自分でメンバーを決めるらしい。A教授とH先生は同時に手術をする事が多いので、なんとなく、心臓先生、C先生、L先生はA教授チームで、P先生はH先生チーム、とわけられている。僕と助手さん(そのころはD君のことが多かった)はどっちつかずの『あまりもの』の2助手要員で、どちらかの2助手に入るという雰囲気だった。さらに、A教授とH先生の手術時間が重なる時は、メンバー選出の優先権はどうやらH先生にあるようで、H先生のメンバー以外がA教授の手術に入るということになる。しかも、立場的に偉い(Oberarztの)C先生やL先生が2助手をする訳にいかないという暗黙の了解があって、僕が1助手、助手さんが2助手をして同じ手術に入るということは、もう一方の手術の2助手がいなくなるということを意味するので、そういうことはとても稀だった。だから、僕が1助手をする時は、2助手がつかなかったし、つくときは他に同時に手術がないときだけだった。立場的には僕と同じP先生が2助手に計画されることもあったけど、2助手をすることは彼のプライドを著しく傷つけるようで、P先生はふてくされてほとんど仕事をしない上に、雰囲気も悪くなるので、結局、彼は手術に呼ばれずに彼抜きで手術を終らせることが当たり前になってしまった。そして、ついにはそういうメンバー選出をされることもなくなった。

D君が辞めて、Iさんが来るまではこれで平和にやっていた。

僕の2助手しかできないストレスは爆発寸前だったけど、それも諦めていっそのこと2助手を極めてやろうと思い一生懸命にやろうとしていた。「大『助手』論」を書けたのも、それがあったからで悪いことばかりではなかったと思ってはいるのだけど。そして、難しい手術の2助手には僕ばかりがあたるようになり、ますます1助手をやるチャンスが減った。2助手で認められて前に進みたいと思っていたのに、認められたためにその位置にとどまらないといけない状況が生まれた。それはさらに辛かった。もちろん、人のやりくりの問題がどうにもならないというのも理解できていたけど、他の人のように、『留学してたくさん手術しました』とか『こんなに頑張って認められました』と言いたいという本音もあったし、なにより、留学して毎日2助手だけで一体何やっているんだろう?という焦りもあった。本当はそれは大きな問題ではない、というのは頭では理解できるのだけど、わき上がってくる言葉にならない悔しさを胸の奥の固い箱に押し込んで鍵をかける作業は楽ではなかった。2助手の位置から下手な1助手を見て毎日イライラしていたし、2助手の位置から1助手ができない本来1助手の仕事をすることが多いときは、オレは1助手の助手じゃないんだ!!と爆発寸前だったけど、僕のできることは、ひたすら我慢して考えないようにして自分のできることに集中することだけだった。『僕はプロなんだから、自分の与えられた仕事に徹さなければ』と毎日毎日自分に言い聞かせていた。

自分で主張しないと何も変わらない世界だと人は言うので、僕も2助手は嫌だと主張してみたけど、ボスたちは人のやりくりでどうにもできないんだ、と繰り返すだけだった。それぞれの立場を大事にしないといけないから、というのが理由だった。本音かどうかはわからないその場をどうにか平和に終らせようと、君の実力はわかっているから心配しなくていい、と付け加えてくれた言葉が唯一の救いだった。



それぞれの立場を大事にしないといけない。



このことが僕の足かせになっていたのだけど、これが僕の小さな飛躍の階段にもなった。
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このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

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