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『チーム・遮断鉗子』物語 (5)

H先生の執刀で、弁置換後の弁置換の手術があった。助手は僕とIさん。弁置換後の弁置換というのは大人の施設ではよくあることかもしれないけど、こども専門のこの病院では2年に1回あるかないかの珍しい手術。しかも、患者さんはこどもじゃなくてもう大人。前にうちではないこども病院で手術をされているので、うちに紹介になったらしい。慣れない手術でいつもとは違うサイズである上に、よくあることだけど弁のサイズが小さくて適切な弁を入れるためにかなりの弁輪拡大術も必要。小児の重症例よりも、こども病院ではこういう慣れない手術は難しい。実際の病気よりも、手術をするこちら側は重症感を感じている。しかも、慣れない手術はそれぞれの役割分担が決められていないので助手の実力が問われる、と僕は思っている。

助手にとっては、恐ろしい手術。

弁下にパンヌスがべっとりと付着していて、機械弁は半分も開いていない状態だった。弁を取り出すのにも一苦労だったし、弁を取り出すとその部分の組織がなくなってしまって、結果的にManougian法のように、大動脈基部から僧帽弁の前尖まで欠落してしまった。心膜パッチで壁を作ってそこに大きい弁を入れたけど、パッチに引っかかって弁が開かなかった。遮断時間はこの時点でもぎりぎりだったけど、もう一度別の弁を入れ直すことになった。H先生ははじめからテンションが高かったけど、この頃には完全に鬼のようになっていた。糸を出すのが遅れた看護師さんに、

『たらたらしていると、この子は死ぬんだ!!お前、それでもいいんか〜!!』

と叫んでいる。手術室の緊張感は最大に高まっていた。そんな時に、と普通は思うかもしれないけど。最初の弁の針糸をかける時に、すこしだけやりにくさがあった。だから、2回目のときは、半分で1助手と2助手の役割を入れ替えることにした。はじめの半分は、僕が1助手の場所からやりやすくてうまくいくような仕事して2助手はそれ以外のことを、次の半分はその逆にするようにした。半分が終って、Iさんに僕の持っていた道具を渡した時には、さすがに一瞬、え?まじ?、という表情をしたけど、すぐに僕の意図を理解した。そして落ち着いて仕事をこなした。完璧に1助手の動きをしていた。

普段は、H先生は助手の仕事も完全にコントロールするし勝手なことは許さないのだけど、余裕がなかったのもあったのかもしれないけど、そのままにさせてくれた。うまくいかなかったら、僕がとんでもなく怒鳴られるのはわかっているけど、ここは勝負所だと思ったし、きっとうまくいくという確信もあった。うまくいけば、これから僕たちができることも増えるし彼女の評価はすごく上がるし、なによりも大きな自信を彼女が持つきっかけになると思った。

結果的に、2回目の弁置換はとてもうまくいった。何事もなかったように手術は終った。

H先生が手を下ろすときに、いつものようにスクラブナースに、『ありがとう』と言った。そして、いったん行きかけたけど、もう一回振り返って、『Iさん、ありがとう』と言って去って行った。


Iさんはさすがに嬉しそうだったが、どちらかというと、噛み締めるように感情を押し殺している姿は、きっとそういわれて嬉しい以上に、厳しい状況でもきちんと難しい仕事もできた自分自身が嬉しかったし誇らしかったのではないかと思う。この『Iさん、ありがとう』は僕の胸にも沁みた。本当に嬉しかった。だって、今僕がこの手術にいられるのは、彼女のお陰だから。


H先生が去って、手術室の緊張がふっと解けた。さあ、閉胸しようと思ったら、スクラブナースが爆笑しながら、
『H先生は、遮断鉗子にはお礼をいわなかったね〜。Iさんだけだったね〜』
だって。



実は、一番気にしているのは僕なんだから、それを言わないで〜。

















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No title

遮断鉗子先生

こんにちは~。
先生の頑張り、Iさんの成長、
「助手の力!」、「チーム遮断鉗子!」
感動いたしました~!!

うちの先生とH先生、よく似ていらっしゃるのでしょうか。
ちょっと想像してしまいましたが、
手術は、チームでやっていて、助手の力が
大きいなあと改めて実感しましたし、
H先生は、何も言わなかったけれど、
きっと遮断鉗子先生の力もしみじみ、
感じてらしてるんじゃないかなーと思いました。
男同士だから、言わなかったんですよ。きっと(^^)

器械だし看護師も、チームの一員となれるよう
頑張ろう!と元気をもらいました!
遮断鉗子先生、いつもありがとうございます。
どんどん、助手論、展開してください♪

皆で子どもたちを助けるんだ~!!!

今日もがんばるぞ~(笑)

Re: No title

ayamigoさん、コメントありがとうございます!!

楽しんでもらえて嬉しいです。
みんなががんばろうと思えるようなことをこれからも書いていけれたら、と思っていますが。。そればかりでもないですけどね。

また、遊びにきて下さい。

また、気軽にコメントお願いします!!
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

心臓同好会
心臓を熱く語る、勉強するみんなの会です!! こちらにも遊びにきてくださ~い!!
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