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いろいろあって いろいろあった Fontan手術

13歳、50kgのフォンタン手術。インドネシアから来たプライベート(全額自費)の患者さん。cc-TGA、VSDといろいろで結構ややこしい診断だったけど、両心室ともに割と大きさがありVSDと房室弁の位置次第ではFontanではなく、両心室修復を目指す予定で手術に。元々の予定は,H先生、C先生、P先生だったけど、ベルギーの病院の小児心臓外科のボスが来ていて、それとほかにもいろいろいろいろあって、月曜日だからそれはいつものことなんだけど、なぜか、H先生、P先生、このゲストボスで手術をすることに。再手術の大きい子だったので、P先生が手伝って〜と言うものだから、仕方なく胸開けまで手伝った。僕は、秘書さんの勘違いで手術が当たってなくて、今朝、病院に行く前になぜか朝食を全部嘔吐してしまい(二日酔いではない!!!)、そんなに体調も良くなかったので、開胸の手伝いくらいなら、と手伝った。手術は結局、Fontan手術になった。H先生も手を下ろした後、手術室に行った。P先生が次の手術の術者に当たっていたし、親近感のあるインドネシア人だし、オレが胸を閉めるから、手を下ろせ〜!!と宣って、ゲストボスに少しだけ手伝ってもらって閉胸をした。

ゲストボスには、丁寧にお礼をして、早々に手を下ろしてもらおうとした。彼は、もう少し訊きたいことがあると言って、そのまま手伝ってくれて、手術中の細かい事を質問した。僕は、どの質問もよくわかったので、詳しく説明した。しかし、さすがに申し訳ないので、後は手術の後にコーヒーでも飲みながら話しましょう、と言って手を下ろしてもらった。いろんなボスがいるけど、こんなに腰が低くて熱心なボスは初めてだった。

胸を閉めて、ICUでご両親に『Selamt siang!!(こんにちは)』とインドネシア語で挨拶して、手術のことを説明した。頭の片隅においてあったインドネシア語が出てきて良かった〜。どうして、わざわざインドネシアから来たんですか?と訊いたら、ハラパンキタ病院の”大きな”循環器内科の女医さんが、ここに知り合いがいるからって。そうなんだ〜。誰なんだろう?と思いつつも、手術の説明をして、手術室に戻った。

手術室に行くと、ベルギーのゲストボスが、待ち構えていたように話しかけてきた。ベルギーはブリュッセルから来ているので、母国語はフランス語。そういう関係もあり、どうやら手術前に心臓先生が病院内を案内したようで。『君はアフリカのえ〜っと、なんといったけな、アフリカの。。。』『あ。ブルンジに行きます』と答えた。『ここではたくさんのことを学んだし見てきたので、それを今度は自分でやってみたくて。心臓先生にビッグなチャンスをもらいました』と付け加えた。ゲストボスは、『おめでとう。本当に素晴らしいよ。君の成功を祈るよ。君のことはよく知らないけど、君はできると思ったよ。』と言って、びっくりするくらいの力で僕の手を握ってくれた。

僕はまだなにもしていないし、ここにいるとどちらかというと、『裏切り者』か『クレージー』扱いされる事が多い。もちろん、みんな冗談でからかっているだけの話だし、その裏にはちゃんと思いやりや、できるなら残って欲しかったと思ってくれている人もいることはわかっている。だから、こんなに真っすぐに、賛辞を言われたことはない。




2010年6月29日にドイツに来た。その年は異常気象で毎日35℃を越える猛暑だった。ワールドカップでスペインとドイツの決勝に、ドイツが敗れた暑い夏だった。同じ年の9月1日から病院に通い始めた。午前中は病院、午後に語学学校で、手術は見学しかさせてもらえなかった。見学だけは辛かったけど、それでも毎日、病院に行き続けた。必死で頭の中に手術のやり方と、それぞれの人の動きと、道具の名前を頭に叩き込んだ。周りのみんなは、こいつは何者だ?といぶかしがっていた。2010年10月18日に、突発的な出血で、たまたまその時に人がいなくて、心臓先生に『手を洗え』と言われて、心臓先生の開胸の手伝いをしてそのまま2助手に入り、その日から暗黙の了解で手術に入る事になった。その頃は、怪しげな外国人でしかなく、『しゃべれない』『わからない』けど、助手はできる変な日本人だった。親しくしてくれる人はもちろんいなかったし、話しかけてくれる人はいたけど、答えようと変なドイツ語で話すとしかめっ面をされて、悲しくて悔しい思いをした。手術に入るようになって、僕が『できない奴』じゃないということを、かなり長い間、観察した後に周りがようやく結論してくれた。





最初の頃、ずいぶん長い間、僕はひとりだった。僕はだれでもなかった。いてもいなくてもいい存在だったし、誰かと対等に話せることなんかなかった。とにかく、孤独だった。それでも、ひとりで一生懸命に歯を食いしばって、手術に向き合っていた。


それから、3年。『留学してこんなに手術した』とか『留学してこんなに素晴らしい実績をつくった』とか、自慢できることは何一つないし、たいしたこともしていない。でも、あの時に、僕を手術の中にいれてくれた(今思うとわざと軽い出血を作って、人のいないときにわざわざ大騒ぎしたんじゃないかと疑惑をもっている)心臓先生のお陰で、ベルギー人のゲストボスにもこの病院のなかの一員として話をしてもらえたことは嬉しかった。このヨーロッパの世界で、心臓先生と僕のやろうとしてくれることを評価してくれて、Congratulation!!と賛辞を贈ってくれる人がいるという事に、正直、驚いた。僕は、まだなにもしていないのだけど。




3年という時間はあっという間だったけど。3年という時間は途方もなく長かったけど。僕はここで生きてきたんだな。そう思った。僕が生きた証は、実績としては何も残らないけど、僕はここの一員になれた。これは、誰にも評価されないけど、僕の中では大きな成果。『誰でもない』外国人の僕は、もうここにはいないのだから。





ゲストボスに別れを告げて、いつも通りに手術室の更衣室でシャワーを浴びている時に、ふと気がついた。インドネシアの”大きな”女医さんの知り合いって、もしかして、僕?あの人ととは、インドネシアの最後の晩餐の時に隣に座って、汗をかきながら、いかに僕の病院が素晴らしいか、酔った勢いで話した気がする。その時は、インドネシアで働くのも悪くないな〜と思っていたから、そんなことも言ったっけ。








はは〜ん。あの”大きな”女医さん。もしかしてだけど〜、もしかしてだけど〜、僕にインドネシアに来てほしんじゃないの〜!!




























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No title

がんばって自力で壁を乗り越えた者だけが、次の一歩を踏み出す勇気を持てると思うのです。きっとどんな方向を目指しても、楽な道なんて無いと思うので、歯を食いしばってこれからもお互いに頑張って行きましょう!僕も挫折ばかりですが、心が折れさえしなければ、きっと大丈夫(と自分にも言い聞かせてますw)!

No title

本当に本当にご苦労様でした。いつも先生のブログには勇気と手術への直向きさを教えてもらい続けていました。先生と知り合うことが出来て(まだお会いしたことはありませんが)本当に誇りに思います。これからも信じる道を突き進んでください。きっとどこかでお会いできることを楽しみにしています。

Re: No title

Dr. Kenさん、コメントありがとうございます!!

全くその通りですね。歯を食いしばって、まだまだ頑張っていきましょう!!
いつかまた、どこかで会ってビールをのみながら語りたいですね〜。
アフリカにも遊びにきて下さい!!

また、気軽にコメントお願いします!!

Re: No title

KHさん、コメントありがとうございます!!

僕も、同世代の小児心臓外科をリードするKHさんとお知り合いになれて、本当に幸せに思っています。コメントを書いて頂いて本当にありがとうございました。本当にいつかお会いしたいですね!ドイツで叶わなかったので、是非、アフリカにおいでくださ〜い!!

あと2年、もう少しバカなことに時間を費やす事になりますが、どうぞブログにも遊びにきて下さい!!

また、気軽にコメントお願いします!!

No title

この度はおめでとうございます。
そして、本当にお疲れ様でした。
そして、そして、これからも本当に本当にガンバってください。

Re: No title

ルーラさん、コメントありがとうございます!!

ありがとうございます。これからは、またひと味違った苦労があると思いますが、頑張りたいと思います。
これからもよろしくお願いします。

また、気軽にコメントお願いします!!
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

心臓同好会
心臓を熱く語る、勉強するみんなの会です!! こちらにも遊びにきてくださ~い!!
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