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ロッカーの片付け

手術が早く終わったので、手術室のロッカーを片付けた。僕の私物はほとんどないのだけど、このロッカーをもらった頃は、麻酔科の先生と共用となっていて、この先生のどうでもいい私物が山のように入っていた。ゴミ箱みたいなロッカーを片付けてなんとか使えるようにしたのだけど、この先生はこの私物を残したまま転勤していった。これは、もう捨ててもいいということだと思っていたら、また帰って来て捨てるに捨てられなくなっていたものを許可をもらって捨てた。発つ鳥あとをにごさず。このロッカーは僕の戦利品で、宝物だった。

ロッカーをもらうきっかけを思い出していた。病院に来始めて、もう随分経った頃だったと思う。語学の資格もようやく取ったけど、事務上の手続きが何ヶ月もかかっていた。そうこうしているうちに夏になろうとしていた。

それまでは、訪問者用の鍵のかからないロッカーがひとつあって、そのロッカーに服を入れていた。僕も甘かったのだけど、そのなかに財布も入れていた。といってもお金はいつもほとんど入っていなかったし、盗まれたりすることもなかったし、誰かが僕の私物を触ったような明らかな痕跡もなかったので、やや安心していた。なにかの支払いをしないといけなくて、その日に限ってやや大金を持っていた。そのまま財布に入れてズボンのポケットにつっこんでロッカーに入れて手術に入った。手術がおわって病院をでて、さて支払いをしようという時にようやく気がついた。盗まれた。

次の日にA教授にその事を報告した。いままで、この病院でそのような事は前代未聞で、A教授は相当にショックを受けていた。警察に言おうとしたらしいが、それは思いとどまった事を後で知った。なにしろ、僕がその当時は正式な許可を得ずに働いていたので、警察に言うとむしろそちらの方が問題になると困る、という事だった。僕は無免許医だった。

そんなことがあってから、ようやく鍵付きのロッカーをもらえた。その時に初めて、病院内のドアをどこでも開けられる鍵ももらった。ドイツに来てから1年が過ぎていた。

白衣と名札をもらったのは、その数ヶ月後のきちんとした許可が下りた後だったし、自分の机をもらったのは、さらに1年後だった。それまでは、カンファレンス室で全ての作業をしていた。そこも、他の部門の人が使うからと言って追い出されて、途方に暮れたこともあった。誰もいなくなった手術室のPCで事務作業をこっそりやっていた。

まだ、鍵をもらってない頃。手術予定に入っているけど、手術室に入れなくて、誰か鍵を持っている人が来るのを手術室の外で待っていた。たまたま誰かが来ればいいけど、来ない時もある。あちこちで人を捕まえようとするけど、間が悪いと言うか、そんな時に限って誰もいない。途方に暮れて待った。ようやく手術室に入ったら、なんでこんなに遅くくるんだ、と麻酔科の先生にすごい剣幕で文句を言われた。言っている事がわかっても言い返せないし、僕の鍵のない状況なんて知る由もない。悔しかった。

僕は招かれざる客だった。後ろ盾もないし、手を引いてくれる人もいなかった。

半分は押し掛けるようにドイツにやってきた。もちろん、来てもいいよと言われて来たのだけど、誰も日本人を雇うのにはかなりのハードルがあると知らなかった。病院としては予定外のことだったし、僕は僕で、迷惑をかけるといけないと、語学学校に通いながらでも手術に入れてもらっていた。少しでも手伝いになればと思ったけど、それがかえって迷惑になることもあった。つかえない、話せない、どうしようもない変な日本人だったと思う。

途方にくれ、壁にもたれて、いつ来るかわからない誰かを待つ。誰にも期待されずに、誰にも必要とされず、ただ邪魔に思われるだけの自分がとても情けなかった。

手術室に入るたびに、僕はこの原点に帰る。手術室のドアの横には、途方に暮れている僕がいるような気がする。今日はしっかりやっているか?感謝しているか?やる気を落としていないか?自分はあの頃の自分が見て納得する自分なのか?いつも壁にもたれかかっている僕に問いかけていた。毎日毎日、手術室に入るたびに。









A教授が一斉送信のメールで注意を呼びかけたこともあって、盗難事件は割と大きな話題になった。

騒動も収まりかけたある夏の日。僕の誕生日の数日前のことだった。朝のカンファレンスで、A教授とH先生が、誕生日おめでとう、と言って豚の貯金箱を手渡してくれた。中には、病院のみんながカンパで集めてくれたお金が入っていた。小銭もお札もぎっしり入っていた。不覚にも、僕はその貯金箱を抱いたまま、朝のカンファレンスで泣いてしまった。今までずっと我慢していたものが堰を切ったようにあふれだした。涙が止まらなかった。お金が戻ってそんなに嬉しいのか〜とからかわれた。笑いがおきた。僕も笑った。泣きながら笑った。








空がいつもより青く見えた。
























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No title

読んでて思わずうるっとしました。。。先生とっても苦労されたんですね。僕もうちの施設は日本人は1人しかいないので、最初はいつも途方に暮れていたのを思い出しました。同じなんですね〜。いまだに僕は自分の机がないので病棟のスタッフルームのパソコンで事務作業してますよ(笑)  先生がドイツを離れてしまうの本当に残念ですが、先生ならきっと世界中どこだって活躍できますよ。応援してます!!!

Re: No title

よCottさん、コメントありがとうございます!!

日本人が一人もいない環境というのはとても特殊ですよね。よCottさんにはそういう意味でとても親近感があります!!

大変でしょうけど、頑張って下さい。日本人の感性できちんとやっていれば、きっとびっくりするほど認められると思います。

是非是非、アフリカにも遊びにきて下さい!!

これからも一緒に頑張りましょう!!

また、気軽にコメントお願いします!!

No title

全俺が泣いた。

ロッカーが涙腺を緩ませる物語は高校までのはずだ。いい齢したおっさんのロッカー話で泣かせたのは日本文学初だろう。

Re: No title

Sakaさん、コメントありがとうございます!!

笑。『全俺』って。笑。

また、気軽にコメントお願いします!!

お久しぶりです(*^^*)

つらいことがあるから
嬉しいことが見つかる!

でもどんなときでも
空は青く見守ってますよ(*^^*)

青い空があるのだから
羽ばたきましょう(*^^*)
下をいつまでもみないでo(^-^)oワクワク

Re: タイトルなし

イチゴさん、コメントありがとうございます!!

お久しぶりです!!お元気ですか?

そうですね。下ばかりみていても仕方ないですね!!これからは上を向いて頑張ります!!

また、気軽にコメントお願いします!!

No title

お疲れ様でした、そろそろ最後の日の午後を過ごしているでしょうか
自分も最後のころは嬉しいような、寂しいような気分になりながら
最初の苦労したころを思い出していたことを思い出します。
自分がすごく頑張っていることで、なかなか他人に理解されずらい部分を
自分の中のチッポケなプライドを頼りになんとか踏ん張って頑張ることを
先生のブログを読んでよく思い起こします。
将来のことを意識しないときはありませんが、なるようにしかならないのも
現実で、精一杯もがいているのがずっと続いてきているように思います。

なんだかわけのわからない文章になっていますが、本当にドイツでの生活
お疲れ様でした、先生が日本にいったん帰ってまた会うことを楽しみに
しています、待っています。またアフリカでの大活躍を祈っています。

Re: No title

日本で待っています、さん、コメントありがとうございます!!

あたたかいコメントをありがとうございました。最後の1日を終えて帰って来ました。
先生も同じような思いをされていたのですね。もがき続けて今に至るのですね。
まだまだ、僕ももがいていきます。

アフリカでも頑張ります。その前に、日本でお会いできる事を楽しみにしています。

また、気軽にコメントお願いします!!

No title

思わず泣いてしまいました。
短い間ではありましたが、その苦労のほんの一欠片でも感じ取ることができましたから。
大きく羽ばたくための助走は長くしっかりと取らないといけないのですよね。
更なる発展を祈るばかりです。

Re: No title

ルーラさん、コメントありがとうございます!!

そうですね〜。ルーラさんと遊んでいた頃が一番しんどいときだったと思います。
今振り返っても、ルーラさんにはたくさん力をもらいました。本当にありがとうございます。

また、気軽にコメントお願いします!!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

ありがとうございます。
元気でやっています。

元気です(*⌒▽⌒*)

たまにはメール見たり出来てますか?
日本は秋です。
先生の空はどんなですか?
忙しくてみる暇ないですか?
このブログの登場人物
A教授:この病院のボス。手術中の紳士的な態度もさることながら、普段の笑顔も素敵。 H先生:A教授と同じ立場のボス。手術中は吠える鬼神に化す。手術を離れるとびっくりするくらい温かい人。実はいろいろな人のことをよく考えているのはこの先生。スロバキア人。 心臓先生:定年まじかのベテラン心臓外科医。みんなの指導医で、論文の数も凄まじく、統計処理も天才的。アフリカのブルンジ人。 J先生:兄貴のような執刀医。明るくて楽しいのだけど、感情の起伏が激しくて手術中は叫びまくることも。でも、その次の瞬間には笑っている。ギリシャ人の血をひくドイツ人。2012年の8月からベルリンの小児心臓外科のボスとして赴任。 C先生:推定年齢45~48歳の女医さん。だれも本当の年齢は知らない。長くこの病院に勤めていて、J先生の去った後、ようやく執刀医の位置に。ドイツ人。 L先生:J先生の後がまで赴任してきた先生。アメリカで修行した経験あり。ドイツ人らしい慎み深いいい人。 P先生:30歳の唯一の若者。元気でいい奴だけど、ちょっと性格が悪く看護師さんからは嫌われていたりいなかったり。H先生と同じスロバキア人で、H先生の保護下にいる。やや過保護?! D君:元々はスクラブナースだったけど才能を見いだされて手術アシスタントに。
プロフィール

遮断鉗子

Author:遮断鉗子
心臓外科医のブログです。
小児心臓外科医(35歳 心臓外科 10年目)のドイツ留学記です。
2010年7月からドイツに。

毎日の手術の事を中心に。ドイツビールの紹介もしていきます。

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心臓を熱く語る、勉強するみんなの会です!! こちらにも遊びにきてくださ~い!!
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